確認、確認、再確認!しかし...
For Whom the Bell Tolls.

 時たま思うのが、"テレビ屋は最低な商売"だということ。
人の不幸を取り上げ、カメラを向ける。
人の知られたくない部分を取り上げ、煽り立てる。
人の心に入り込み、どんどん無理を要求してくる。

如何せん、知りたいという声がある以上、テレビ屋は取材を続ける。
結果として、エスカレートすることもままある。
メディア・スクラムなんかその典型だし、最近のアニメ番組も
エスカレートしているモノの一つだと思う。(参考:コラム17,29)

番組制作現場に多くの人が関わっているのは、沢山の人を介することで、
小さな暴走を喰い止められる
から、という考え方がある。
更には、一つの番組を完成させるまでの課程の中で、幾度かの
作品チェックのタイミングがある。

これら一つ一つの矢印が、いわば作品チェックのタイミングである。
私の所属番組では、この全てでプロデューサーのチェックが入り、
ネタになるか否か、数字が取れるか否か...は勿論のこと
ナレーションやスーパーに不適切な表現がないか、
犯罪を肯定したりなどの公序良俗的にマズイものはないか

...などがチェックされる。この"公序良俗"というのが曖昧で、
意外に「これは大丈夫だろう」がアウトだったりと、神経を使う。

例えば...
    *たまたま映ってた車のナンバープレートがNG
    *子供を自転車の前後にチャイルドシート付きで座らせて運転...はNG
などなど。

しかし、結局判断するのに明確な規定文があるわけではなく(そりゃそうだ)
現場の主観に頼るところが多い。

先日の、某局クイズ番組での女性タレント犯罪カミングアウト騒動は、
報道情報番組に所属する私から見ると衝撃的であった。
バラエティという看板に、査定の目が濁ったのか。
深夜放送という感覚故に、チェックが緩かったのか。
"いつ、何時、どこから、どのように攻められるか分からない"
という警戒心が強ければ...と、残念に思えてならない。

ディレクターは、現場で一番冷静な人であるべきなのだそうだ。
「もし」,「まさか」の瞬間に備え、常に最悪のパターンを想像しながら
演出しながら、現場の責任も背負っているのだから仕方ない。
ひとつ油断することで、引責という形で番組が終わってしまう。
番組が終われば視聴者は悲しいが、我々は仕事が一つ減ってしまう。
ただの臆病のようにも見えるけど、慎重でいることは大切と実感した騒動だ。

(2005/03/06)


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